判例集2019.02.15
株主総会決議取消請求事件
判例集2019.02.15
東京地方裁判所判決平成19年10月31日 判決
要 旨
株主総会における退任取締役等に対する退職慰労金贈呈に関する決議について、代表取締役である議長が、会社の業績が悪化し、従業員および役員への賞与も支払えず、利益配当もされない状況でも、なお退任役員らの長年の労に報いるために退職慰労金を支給したい旨の説明をしたなど判示の事実関係の下においては、同社の取締役らが説明義務に違反した違法はないというべきである。
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却とする。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
(主位的請求)
被告の平成18年6月28日定時株主総会における第6号議案「退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件」を承認する旨の決議が不存在であることを確認する。
(予備的請求)
被告の平成18年6月28日定時株主総会における第6号議案「退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件」を承認する旨の決議を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は、被告の株主である原告が、平成18年6月28日に開催された被告の定時株主総会(以下「本件総会」という。)において、被告が承認可決されたと主張している第6号議案の退任取締役及び監査役に対する退職慰労金支給決議(以下「本件決議」という。)は行われていないし、仮に行われていたとしても決議の方法が著しく不公正又は不当であり説明義務にも違反しているから取消事由があるとして、主位的に本件決議の不存在確認を求めるとともに、予備的に同決議の取消しを求めた事案である。
2 前提となる事実(証拠を掲記した外は、争いがない。)
(1) 被告は、昭和22年10月に設立され、掘削機械のトップメーカーとして国内外における地下資源、水資源の開発並びに社会基盤整備のための建設工事を行う、発行済株式総数897万0111株、資本金の額18億4629万7569円、従業員数約190名の株式会社である。
(2) 原告は、神奈川県厚木市所在の被告の厚木工場内に本部を置く被告従業員92名を組合員とする労働組合で、機械・金属産業労働組合(JAM)に加盟しており、代表者は執行委員長のM(以下「M委員長」という。)である。
原告は、被告の株式1000株を有している。
(3) 被告の「役員退職慰労金規程」(以下「本件慰労金規程」という。昭和54年8月6日施行。ただし、平成11年5月17日に、第6条2項但し書(基本慰労金額は月額報酬の30か月分を超えないものとする。)の規定を削除する一部改定がされた後のもの。)には次のとおりの各規定が置かれている(乙3)。
「(目的)
第1条 この規程は取締役または監査役(以下役員という)が、退任(死亡退任を含む)したとき、退職慰労金をこの規程により支給する。」
「(支給制限)
第5条 次の各項の一に該当する場合は取締役会の審議の上、減額することがある。
1 業績不良の場合
2 自己都合による任期中途の退任、但し、死亡退任を除く」
「(特別功労金)
第7条 在任中、特に功績のあった役員に於いては、取締役会の審議の上、特別功労金を支給する。但し、基本慰労金の30%以内とする。
(特別減額)
第8条 在任中、著しく不都合が有り、会社に損害を及ばした役員については取締役会で審議の上、相当の減額あるいは支給を行わないことがある。
(支給の決定)
第9条 本規程に依り退職慰労金、特別功労金の計算をするが、商法の定めに従い株主総会の承認を得て、支給の決定をするものとする。
(支給の方法)
第10条 株主総会の支給承認を得た退職慰労金あるいは特別功労金は承認を得た日から原則として、1ケ月以内に支給するものとする。」
(4) 被告の税引後の当期損益は、平成10年3月期決算において、会社設立以来初のマイナス13億8900万円の赤字となり、その後、平成11年1億5000万円、同12年400万円、同13年マイナス10億9400万円、同14年マイナス11億4800万円、同15年400万円、同16年1300万円、平成17年マイナス6億6000万円、平成18年マイナス25億3500万円と推移した。
(5) 被告は、経営の建て直しのため、日立建機株式会社と連携の交渉を始め、平成17年11月29日、同社との間で提携基本合意が成立したが、同合意中には、被告の代表取締役社長の交代に関する条項も含まれており、同日、被告の代表取締役社長であったE(以下「E前社長」という。)が辞任し、代わって代表取締役社長にS(以下「S社長」という。)が就任した。
(6) 平成18年2月10日、被告の臨時株主総会が開催され、S社長が議長となって議事が進められ、第1号議案として日立建機株式会社への第三者割当増資の件及び第2号議案として役員選任の件が賛成多数により可決され、被告と日立建機株式会社との連携が承認された。
(7) 平成18年5月に、原告は、被告との労使協議の中で、被告に対し、E前社長らに対する役員退職慰労金をどうするか再三尋ねたが、被告は検討中であるとしていた。
(8) 被告は、株主に対し、平成18年6月28日水曜日午前10時から、当時中野区〈略〉に所在していた被告本社において、第79回定時株主総会(以下「本件総会」という。)を開催する旨の招集通知を送付したが、同通知には、決議事項として、第1号議案「第79期(平成17年4月1日から平成18年3月31日まで)損失処理案承認の件」、第2号議案「定款一部変更の件」、第3号議案「取締役4名選任の件」、第4号議案「監査役1名選任の件」、第5号議案「会計監査人選任の件」、第6号議案「退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件」の各議案が列挙されていた。
(9) 上記招集通知に添付された「議決権の行使についての参考書類」中には、「第6号議案 退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件」として、「先に取締役を辞任されましたE氏、T氏および本総会終結のときをもって取締役を退任されますG氏ならびに本総会終結のときを持って監査役を辞任されます本J氏に対し、在任中の労に報いるため、当社内規に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈したいと存じます。なお、その具体的金額方法につきましては、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議にご一任いただきたいと存じております。」とされ(以下「本件6号議案」という。)、各取締役及び監査役の就任時期及び取締役の役職に関する略歴表が記載されていた(甲1。以下、E、T、G及びJの4名を「本件退任役員ら」という。)。
(10) 上記略歴表によれば本件退任役員らの役員在任履歴は次のとおりである。
(1) E前社長 昭和43年7月取締役就任、同52年5月代表取締役常務、同54年6月代表取締役専務、同56年6月代表取締役社長、平成17年11月代表取締役社長辞任・取締役相談役就任、平成18年3月取締役辞任
(2) T 平成13年6月専務取締役就任、同14年4月取締役副社長、同18年1月取締役辞任
(3) G 平成15年6月取締役就任(本件総会招集通知時現任)
(4) J 平成15年6月監査役就任(本件総会招集通知時現任)
(11) 本件総会当日は、S社長が定款の定めにより議長として議事を進行し、前記(8)記載の各議案の審議を進めた(乙4)。
原告の有する被告の株式1000株は、議決権の個数としては10個であり、本件総会にはM委員長が出席した。
(12) 本件総会の冒頭には、議長から、議決権を有する被告の株主総数2892名、議決権数8万9570個のうち、本件総会で議決権を行使する株主数760名、その議決権数6万3603個であり、議決権を行使する株主数及びその所有議決権数は、本件総会の議案決議に必要な要件を充足していることが発表された(甲2、乙1)。
(13) 議事は、まず、第1号議案とされた第79期の損失処理案承認の件から審議され、当期の未処理損失30億5007万7368円全額を次期繰り越し損失とし、また、当期の株主への利益配当は無配とすることにつき、原案のとおり承認決議がされ、その後、第2号議案から第5号議案まで、順次議案につき審議・採決がされ、各議案とも賛成多数で承認された。
(14) 本件6号議案の審議の際、M委員長は、同議案の修正動議として、被告の業績が回復し、一般的水準の従業員賞与並びに株主配当及び役員賞与が支払われるまでの間は役員退職慰労金の金額決定を保留するとの内容の動議(以下「本件動議」という。)を提出した。
第3 争点
1 本件決議の不存在
(1) 原告の主張
(1) 本件総会においては、本件6号議案について、本件動議が出された後、議長は、「議長の権限によりまして、原案から最初に採決をしたいが、いかがか」と出席株主に問いかけ、議場から「異議なし」との発言がされた。
これを受けて、議長は、出席株主から個々に賛否の表明を受けないまま、「過半数の賛成を得た」と宣言した。
被告は、以上の経緯をもって、本件決議がされたと主張しているが、上記の議長の問いかけは、修正動議に先立って原案を採決するという、採決の順序を出席株主に諮ったものにすぎず、本件6号議案の原案に対する採決はされていないのである。
(2) ところが、議長が「過半数の賛成を得た。」と宣言したため、M委員長は、議場の出席株主が、原案から採決に入ることについて異議がないという意味で「異議なし」と発言したおそれがあると考え、議長の上記(1)の問いかけの趣旨を確認しようとして質問したが、議長はこれを無視して閉会を宣言したのである。
したがって、本件6号議案の採否の採決は行われていないのであって、本件決議は存在しない。
(2) 被告の主張
(1) 前記(1)(1)の議長の問いかけは、議長の権限により原案から先に採決することを宣言した上で、原案に対する賛否を議場に諮ったことは明らかである。
(2) このことは、議長が本件6号議案が原案どおり承認可決されたことを宣言した後に、異議を申し立てた者が存在せず、続いて、出席株主らの拍手とともに本件総会が平穏に終了していることからも裏付けられており、出席株主らは、議長の問いかけが原案の賛否を問う趣旨であると正確に理解し、原案に賛成する趣旨で「異議なし」との発言をしたものである。
したがって、本件決議が存在することは明らかであり、原告の主位的請求には理由がない。
2 本件決議の取消事由の有無
(1) 原告の主張
(1) 説明義務違反
本件6号議案の審議の際、議長及び被告の取締役らは、M委員長からの質問に対して、会社法314条の説明義務を尽くしていないから、本件決議には、同法831条1項1号の決議方法の法令違反があり、取り消されるべきである。
ア(ア) 本件慰労金規程5条は、支給制限事由として、業績不良の場合、取締役会の審議の上、減額することがあると定め、同8条は、特別減額として、在任中著しく不都合があり、会社に損害を及ぼした役員については、取締役会で審議の上、相当の減額あるいは支給を行わないことがあると定められている。
(イ) このような、支給制限又は特別減額に該当する事由が存在するか否かは、退職慰労金に関する取締役会の審議事項であることはもちろん、株主総会においてもその存否を審議しなければならない事項である。
なぜなら、会社法361条は、取締役らの報酬等の決定を株主総会の専決事項として定めており、上記支給制限事由又は特別減額事由の存否の判断は、退職した役員らに対する退職慰労金を決定する上で重要な事項であるから、その有無の判断も株主総会の専決事項というべきだからである。
(ウ) そして、株主総会において、支給制限又は特別減額に相当する事由が存在するかどうかを判断するに際し、会社側の調査が十分にされていないと認められる場合には、株主総会としてはさらにその調査を行うよう求めて退職慰労金を支給するかどうかの決定を保留する選択肢も考えられるところなのである。
イ 本件6号議案に関しても、本件総会に出席した株主が、E前社長らに退職慰労金を支給すべきか否か及びその金額を決定するためには、議長及び被告の取締役らにおいて、E前社長らの在任期間中の功罪について、特別減額事由が存在するか、また、支給制限事由が存在するか、これを株主らに開示して十分な説明をした上で、本件6号議案の審議を行い、採決を行う義務があったというべきである。
ウ 具体的には、E前社長については、特別減額事由に該当する在任中の行為として、構造工事株式会社に対して回収不能な貸付けを行ったこと及び訴外Rの自宅敷地内の温泉振削工事を被告の計算で行いながら当然作成されるべき注文書又は工事契約書及び請求書等の書類を一切作成しない異常な取扱をしたため工事代金6300万円が未回収となる損害を被告に負わせたことの各背任行為があり、本件慰労金規程8条の特別減額事由が存在することは明らかである。また、支給制限事由となる業績不良の場合に該当するかどうかについても、被告の現在の業績不良の責任はE前社長の経営判断の失敗にあるのであり、議長及び被告の取締役らは、上記各事由が存在することを把握しながら、各事由の存在及びその詳細を本件総会において開示せずに議事を進行させ、仮に開示がされていれば反対の結論になった蓋然性が高いにもかかわらず、審理不尽のまま本件決議が行われたのである。
エ したがって、本件決議の決議方法には説明義務に違反した違法があるから取り消されるべきものである。
(なお、原告は、原告が被告に対し、本件総会後の平成18年12月にした釈明要求に対してS社長が釈明を拒否したことを本件決議の取消事由たる説明義務違反の補充として主張するが、本件総会後の事情であり本件決議の取消事由の主張としては失当である。)
(2) 採決手続の違法
本件決議の採決方法には次のとおり著しい不公正があり、会社法831条1項1号の取消事由に該当するから、取り消されるべきものである。
ア 本件6号議案について、議長は、本件総会に出席した株主に対し、挙手させるなど賛否を問わないまま、議場からの「異議なし」との発言を受けたことをもって過半数の賛成を得たと宣告して、本件総会を閉会した。
しかし、議長は、賛成者及び反対者の票数を集計して確認しておらず、賛成が過半数に達したか否かは全く不明である。
イ また、本件総会において、議長は、「議長の権限によりまして、原案から最初に採決をしたいが、いかがか」と出席株主に問いかけ、出席株主において、採決の順序について賛否を表明するのか、本件6号議案の原案について賛否を表明するのか判断がつかない状態に陥らせたものであり、株主にこのような誤認をさせたまま採決した議長の決議方法は違法又は著しく不公正なものである。
(3) 特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議
本件決議は、本件6号議案について特別利害関係を有する者が議決権を行使したことにより成立した、著しく不当な決議であるから、会社法831条1項3号の取消事由に該当する。
すなわち、本件6号議案の承認決議により、被告に対する退職慰労金請求権を取得することになるE前社長は、本件決議の特別利害関係人であり、また、E前社長が支配権を有しているEテクノ・エンタープライズ有限会社も本件6号議案について特別の利害関係を有するところ、E前社長及びEテクノ・エンタープライズ有限会社は、その有する被告株式37万8920株及び71万株につき、本件6号議案の原案の採決において議決権を行使して賛成したため、E前社長に退職慰労金を支給するという著しく不当な決議がされたのであるから、本件決議は取り消されるべきである。
(2) 被告の主張
(1) 説明義務違反について
本件総会においては、本件6号議案の審議に際し、M委員長が発言し、(□)直近3年間のうち2年間は従業員賞与の支払がなく、今期も株主への利益配当及び役員賞与の支払がされない中で、役員退職慰労金が計上されることには疑問があるとして説明を求め、(□)被告の経営が建て直るまでは退職慰労金の支給はしない方がよいというのが従業員全員の考え方であると述べたのに対し、議長は、(□)について、業績が厳しい状況で、役員も平成13年3月から役員賞与はなく、業績不振の責任を感じているが、現在の業績は非常に悪化しているものの、役員退職慰労金は、長年にわたる取締役在任中の労に報いるということで提案している、質問の趣旨については、取締役会での議論において検討したいと回答し、また(□)についても、退職慰労金の支給についてはぜひお願いしたいと述べ、ご意見の趣旨は取締役会で慎重に十分検討して対応したいと回答しており、何らの説明義務違反はない。
なお、E前社長が取締役を兼任していた株式会社構造工事は被告の子会社であるが、平成11年以降、同社が業績不振に陥っていたことから、被告が子会社支援として株式会社構造工事に貸付けを行った事実はあるものの、その貸付金残高は、平成13年3月には8億5500万円であったが、その後返済により徐々に減少し、平成19年3月には4億3000万円となっている。
またRの自宅敷地内温泉掘削工事の代金6300万円については被告において回収のための法的な対応を進めており、E前社長が被告の計算及び損失のもとにRの利益を図る背任行為を行った事実はない。
(2) 採決手続の違法について
本件総会において、議長は、本件6号議案の原案及び本件動議について審議している間、出席株主の発言を遮ったり、制約することは一切なく、議場において広く質問及び意見を求め、これが尽きた段階で採決したものであるから、審議未了の段階で採決したとする原告の主張は事実に反する。
そして、審議が終了して採決の段階に進んだ以上、両立しない議案である本件6号議案の原案と本件動議のいずれを先に採決するかは、議長の判断に基づいて行うことができるのであり、原案から先に採決することが違法又は著しく不公正であるということはできない。
本件決議により、本件6号議案の原案が賛成多数で可決承認されたことから、本件動議は自動的に否決されたことになるのであり、議長が本件動議をそのように扱ったことが、議事進行上「著しく不公正な手続」に該当するものでもない。
したがって、本件6号議案の議事進行手続に重大な瑕疵があるとする原告の主張は理由がない。
(3) 特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議について
本件6号議案について、退職慰労金支給の対象となるE前社長は特別利害関係人に当たるが、会社法831条1項3号は、特別利害関係人が議決権を行使したこと自体を取消事由とするものではないし、同人の議決権行使によって同条のいう「著しく不当な決議がされた」場合には当たらないから、原告の主張は失当である。
3 その他の主張
原告は、前記争点1及び2の他に、被告が平成14年及び15年に退任した取締役に退職慰労金を支給していないのに、本件退任役員らにこれを支給するのは違法であり、特に、E前社長は、被告に対する背任行為を行い、また、経営判断を誤って被告の業績を悪化させたのであるから、同人に対し、退職慰労金を支給することは違法又は著しく不当である等と主張する。
しかし、取締役に対する退職慰労金の支給は、「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価」の支払として、定款に定めのない限り、株主総会の決議事項とされており(会社法361条)、当該取締役の在任中の職務執行状況や会社の業績に関わらず、その退任時に退職慰労金を支給するかどうか、また、どのような額を支給するか(支給基準がある場合に額を明示せず取締役会に一任することを含む)は、いずれも株主総会の決定に委ねられているのである。
したがって、原告の上記主張は、本件決議の取消事由に該当しないから、本件の請求を基礎づける主張としては失当である。(なお、本件決議の内容の法令違反を基礎づけるものでもないから、本件決議の無効原因にも該当しない(会社法830条2項)。)
第4 争点に対する判断
1 証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の各事実が認められる。
(1) 本件総会において行われた本件6号議案の審議におけるやりとりの内容の要旨は次のとおりである(甲4、乙2及び7。なお、各項末尾記載の時間表示は甲4の記載による。)
(1) 始めに、議長が、本件6号議案を付議すると述べ、本件総会招集通知の添付書類の記載を引用して、本件退任役員らに対し、その在任中の労に報いるため、被告の内規に従い、相当額の範囲で退職慰労金を贈呈したい、具体的金額、贈呈の時期、方法等は退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議に一任願いたいと説明した(46分02秒)。
(2) 次に、M委員長が挙手し、指名を受けた上で、この3年間のうち2年間は従業員に対する賞与の支払がなく、今期も労使の話合いが進んでおらず、株主に対する利益配当も無配となることが本件総会で承認され、役員賞与も支給されていない状況であるのに、経済報道などによれば、従業員賞与や、利益配当及び役員賞与の支給の方が優先するはずの役員退職慰労金が支払われることには疑問があるというふうに一般株主は思うのではないかと思う、そこでその点の説明をお願いすると発言した(47分40秒)。
(3) 議長は、これに対する答えとして、役員は企業価値を最大化するために最善の努力をしているが、大変業績が厳しい状況にあり、役員も平成13年3月から賞与を受けておらず、また平成14年4月から3回にわたり役員報酬を減額するなどしており、業績不振の責任を重く感じているが、現在の業績は非常に悪化しているものの、役員退職慰労金は長年にわたる取締役在任中の労に報いるということで贈呈を提案したので、株主の皆様にぜひご理解いただきたいと思っている、それから、非常に多額の損失を計上しているが、中期経営計画を確実にするため、業務全般のリストラクチャリングをしっかり行い、財務体質の抜本的処理を行って、資産の健全化、借入金の削減を実現し、将来のコスト負担の軽減を図り、皆さんの期待に応えるような利益を出していきたい、そのことによって皆さんの希望を叶えていくことは経営者の責務だろうと思っている、今の質問者の意見は真摯に受け止めて、取締役会で検討したいと思っていると述べた(51分00秒)。
(4) これに対し、M委員長は、今、議長から説明があったが、自分も過去に何回か株主総会に出席しており、平成14年から同15年にかけて、多くの被告の取締役が辞めた際、平成14年は大幅な赤字決算ということで退職慰労金支給議案は上程されなかった、平成15年は今回と同じく取締役会一任決議がされたが、その後の決算には出ていないという状態もあった、被告には退職慰労金規程があるが、今までそういうことはやっていない、自分達従業員は、今回いろいろな人員削減の中でも、被告会社に残って将来を被告にかけようということで、株主の皆様やいろいろな方から支援を受けて被告会社を成り立たせようと思っているので、経営が建て直るまでは、退職慰労金支給はしない方が良いというのが全員の考え方である、この2、3日前から原告労働組合としても役員退職慰労金支給についてアンケート調査をしたが、賛成は一人もおらず、全員支給は認められないという意見であった、したがって、そういう規定もあるので、再考をお願いしたいと発言した。
(5) 議長は、上記発言に答えると発言した後、約15秒沈黙し、その後、退職慰労金についてはぜひ支給したいということを重ねてお顔いする、今の質問の意見は非常に尊重し、慎重に十分検討して対応したいと考えているので、貴重な意見をいただいたということでお願いしたいと思うと発言した(56分00秒)。
(6) M委員長は、自分もいろいろ質問したが、なかなか納得できるようなところにはいかないと思う、役員会で今後決めたいという話もあるが、自分達としては、株主総会の場で決定するのも、一つの話ではないかと思う、被告会社として労に報いるということを先ほどから言っているが、逆に、被告会社として本件退任役員らにこういう業績があるということを明らかにした上で、この場でもう一度審議するということはできないのかと発言した(57分15秒)。
(7) 議長は、M委員長の今の意見については、この提案が承認された後に、取締役会において、そういうことを含めて検討したいと思っていると発言した(58分13秒)。
(8) その後、M委員長は、挙手をして、動議を出させていただくがよいかと発言した(58分13秒)。
(9) 議長は、M委員長に、それは、意見ではないということか、意見と動議ということかと尋ねた(58分48秒)。
(10) これに対し、M委員長は、本件6号議案に対する修正動議を出したいと思う、動議の内容は、取締役会に一任するという部分を、業績が回復し、一般的水準の賞与、株主配当及び役員賞与が支払われるまでの間は、役員退職慰労金の金額決定を保留にするというものであり、審議をお願いすると発言した(58分53秒)。
(11) 議長は、上記(10)の発言を受けて、出席株主に対し、今、株主から動議が出されたが、原案から先に採決したいと思うが異議はないかと発言した(59分44秒)。
(12) これに対し、出席株主の1名が、それはおかしいと発言した(59分57秒)。
(13) 続けて、別の出席株主の1名が、ちょっと、失礼、と発言した。
(14) そこで、議長は、それであれば、今の動議について質問はありますかと、出席株主に対して問いかけた(1時間00分04秒)。
(15) 上記(14)の議長の発言後、出席株主からの発言はないまま、約10秒が経過した。
(16) そこで、議長は、再度、特にないかを尋ね、これに対し、返答がなかったところ、そうであれば、審議を終わって採決に入りたいと思うと発言した。
(17) 上記(16)の議長の発言後、出席株主からの発言がないまま、約13秒が経過した。
(18) 議長は、ではまず、原案について審議をしたいと思っているがいかがかと発言した(1時間00分47秒)。
(19) 上記(18)の議長の発言の途中で、出席株主の1名が、すみませんと発言した。
(20) 議長は、上記(18)に続けて、採決をしたいと思うと発言した。
(21) これに対し、出席株主のうち、H(乙5)が、挙手して指名を受け、今株主から出た緊急動議をどう扱うのかを決めるのが先ではないかと発言した(1時間01分12秒及び1時間1分24秒)。
(22) 議長は、今、そういうことで皆さんの意見を聞いたところだと答えた。
(23) Hは、続けて、緊急動議が出ている以上は、一般的な議事進行上、いかなる小の意見も聞き、明治天皇が言われたとおり大衆からの意見を論じなければいけないと、少数意見であってもそれを全部聞いて議事を進めていくべきだと思うと発言した(1時間01分47秒)。
(24) 議長は、上記(23)の質問を受け、出席株主に対し、修正動議については皆さんに質問があるか尋ねたが、再度、修正動議について意見がある方はないか、と尋ねた(1時間02分31秒)。
(25) 議長の上記(24)の発言後、次の(26)の発言まで、約14秒の間があったが、この間、出席株主の1名が、賛成いたします、と発言した他には、発言はされなかった。
(26) 議長は、では、原案について、改めて審議願いたいと思うが、質問などはないかと尋ねた(1時間03分06秒)。
(27) 上記(26)の発言に対し、出席株主からの発言はなかった。
(28) そこで、議長は、では、有り難うございます、議決権行使書を提出した方を含め、採決したいと思う、本件6号議案について議長の権限により原案から先に採決したいと思うが、いかがか、と発言した。
(29) これに対し、議場から、異議なしとの複数の発言があった。
(30) 議長は、有り難うございます、議決権行使書を提出した方含めて過半数の賛成をいただいたと発言した(1時間04分08秒及び1時間04分14秒)。
(31) M委員長が、挙手して、議長にお願いがあると発言した。
(32) 議長は、上記(31)の発言には対応せず、有り難うございました、本件6号議案は、議決権行使書による賛成を含めて過半数の賛同を得たので、原案どおり承認可決されたと発言した(1時間04分48秒)。
(33) これに対し、出席株主複数が拍手をした。
(34) 議長は、これにより.修正動議は否決されたことになると発言した(1時間05分10秒)。
(35) 議長は、本日の審議はすべて終了した、これをもって被告の第79回定期総会を閉会すると宣言した(1時間05分18秒)。
(36) その後引き続き、議場の着席状況が変わらないまま、議長が、第4号議案により新たに就任した取締役O及び監査役Nを出席株主に紹介した(乙7)。
(2) 本件6号議案の原案については、本件総会に欠席した株主から事前に提出された、議案ごとに賛否記載欄が設けられた議決権行使書(甲3と同じ様式のもの)に賛成と記載された議決権数1万7386個(ただし、賛成と記載して提出された行使書の議決権数2万8275個から、当日出席して議決権を行使した後記(3)の1万0889個を減じた数)及び本件総会に出席した株主が、本件総会の開会前に意思を表明するため、当日被告に提出した議決権行使書に賛成と記載された議決権数3万5856個の合計5万3242個であり(乙5)、本件総会で行使される議決権数(欠席株主の議決権行使書提出分を含む。)6万3598個の過半数に達していた。
(3) 本件6号議案については、E前社長及びEテクノ・エンタープライズ有限会社がそれぞれ37万8920株(議決権数3789個)及び71万株(議決権数7100個。E前社長分との合計1万0889個)の被告株式を保有する株主として、本件総会期日前に議決権行使書に賛成と記載して被告に提出していたが、当日本件総会に出席し、原案に賛成する議決権行使をした(乙5)。
2 判断
(1) 争点1本件決議の不存在について
(1) 前記1(1)の事実からすれば、本件6号議案に関する採決前後のやりとりは次のアからエの順序で行われたことが認められる(以下の丸囲いの数字は、上記1(1)で認定した事実の項数の表示である。)。
ア 原案から先に採決することについての諮問
本件動議が提出されたのを受けて、(11)で議長が先に原案から採決することを議場に諮ったところ、(12)及び(13)のとおり出席株主から発言があったため、(14)のとおり、議長は改めて本件動議について質問がないかを尋ねたが、(15)のとおり質問がなかったため、(16)で議長が再度質問があるか尋ねたが、質問がないため、審議を終わって採決に入りたいと思うと発言した。これに対しても(17)のとおり発言はなく、議長が(18)及び(20)で原案を審議したいと思うがいかがか、採決をしたいと思うと発言したところ、この間、(19)のとおり出席株主が、すみませんと発言した。
イ 本件動議についての審議
上記の(20)の採決をしたいとの議長の発言に対し、Hが(21)及び(23)のとおり先に本件動議について意見を聞くべきだと発言し、これを受けて、議長は(24)で再度本件動議についての意見があるかどうか出席株主に尋ねたが、株主のうち1名から(25)の賛成するとの発言があった他は発言がなかった。
ウ 原案の審議
そこで、議長は、(26)で原案について改めて審議を求めたが、(27)のとおり発言はなかった。
エ 議長権限による原案の採決
これに続き、議長は、(28)のとおり、議決権行使書を提出した方を含め、採決したいと思う、議長の権限により原案から先に採決したいと思うが、いかがか、と発言し、これに対し、議場から、(29)の異議なしとの複数の発言があり、議長は(30)で本件6号議案の原案が過半数の賛成を得て承認可決されたと発言した。
(2) 上記認定の審議の順序のとおり、本件総会においては、本件動議提出後、議長が、本件6号議案の原案を先に採決することを出席株主に諮ったところ、本件動議の審議を先に行うべきであるとの意見が出たため、まず、本件動議について審議を行ったが、出席株主1名が賛成の意思を表示したほかは、特に質問や意見がなかったことから、これを終了し、次に、原案を審議したが特に意見は出されず、そこで、議長が、改めて、議長の権限で先に原案から採決することを宣言した上で、原案の採決を行った事実が認められる。
(3) これに対し、原告は、前記1(1)(28)のとおり、議長の発言は、発言された言葉自体からすれば、「原案から先に採決したいと思うがいかがか」というものであったことをとらえて、原案の採決をしたものではなく、原案と本件動議の採決の順序を諮ったものにすぎないと主張する。
しかし、もともと株主総会の議事を進行する議事整理権は議長が有しているのであり(会社法315条)、原案と動議のいずれを先に採決するかについては、出席株主に諮らずに議長において決定することができるものと解される。
ただし、本件総会においては、前記(1)の審議順序アのとおり、議長は、自らが権限を有する採決順序の決定について、出席株主の意思を尊重する扱いとして、原案から先に採決することをいったんは出席株主に諮ったものである。
そして、これに対し、Hから意見が述べられたため、議長は、実際に、本件動議の審議を先に行い、その後続けて原案の審議をした上で、改めて、議長権限で原案から先に採決することを宣言し、原案についての採決を行い、本件決議が成立したことが認められるのである。
(4) 以上のとおりの経緯により本件決議が成立したことは、議長が本件6号議案の原案の承認可決を宣言した後、前記1(1)(33)から(36)までのとおり、本件決議がされたことを前提として手続が進んだのに対し、出席株主から異議が申し立てられたことはなく、平穏に本件総会の閉会宣言及びその後の新任役員紹介までが行われていることに照らしてもうかがわれるととろであり、本件総会に出席した株主らも、本件6号議案について承認決議がされたとの認識を有していたものと認められる。
したがって、本件総会において、本件6号議案の原案を承認可決する本件決議が行われた事実が認められるから、原告の主位的請求は理由がない。
(2) 争点2本件決議の取消事由の有無について
(1) 説明義務違反について
ア 株主総会における取締役の説明が、会社法314条の説明義務違反となるかどうかについては、決議に至るまでの株主総会での審議の経過等に照らし、平均的な株主が、議決権行使の前提としての合理的な理解及び判断を行い得る状態に達しているかどうかの観点から決せられるべきものと解される。
イ 本件6号議案の審議の際、M委員長は、前記1(1)(2)、(4)及び(6)のとおり、従業員賞与、利益配当及び役員賞与の支払がないのに退職慰労金を支給するのは疑問であること、平成14年及び15年に退任した役員には退職慰労金は支払われていないし、従業員も全員本件退任役員らに対する支払は認められないと考えているので、支給については再考して欲しいこと、さらに、取締役会で今後検討するというが、本件総会で本件退任役員らの業績を明らかにした上で審議することはできないのか、と質問し、これに対して、議長は、同(3)、(5)及び(7)のとおり、業績悪化については役員として責任を痛感しているが、本件退任役員らについては長年の労に報いる趣旨で支給して欲しい、指摘された点については、退職慰労金に関する取締役会の審議で十分慎重に検討すると述べ、本件慰労金規程に基づく退職慰労金の支給を取締役会の審議又は監査役の協議に一任するよう重ねて求めた。
これを受けてM委員長は、同(8)及び(10)のとおり直ちに本件動議を提出して審議を求めており、E前社長の背任行為等の具体的な事実関係については何らの質問又は指摘をしていない。
ウ 以上のとおり、原告が本件において主張するE前社長の背任行為等については、本件総会において具体的な質問は何もされていないし、また、被告の取締役らが、E前社長の背任行為等が存在すると認識しながら本件6号議案を提出したような事実も認められないから、これについて被告の取締役らの説明義務違反があるとは認められない。
そして、このような事実関係のもとにおいては、本件総会に出席した平均的な株主にとって、被告の業績が悪化し、従業員及び役員への賞与も支払えず、利益配当もされない状況で、なお退任役員らの長年の労に報いるために退職慰労金を支給するかどうかという本件6号議案の決議について合理的な理解及び判断をするために必要な事項の具体的な内容は、本件総会での審議内容及び被告から事前に送付された株主総会参考書類により明らかにされていたものと認められる。
したがって、本件決議について、被告の取締役らが説明義務に違反した違法はないというべきである。
(2) 採決手続の違法について
ア 株主総会の決議は、定款に別段の定めがないかぎり、その議案に対する賛成の議決権数が決議に必要な数に達したことが明白になった時に成立すると解すべきであって、必ずしも、挙手・起立・投票などの採決の手続をとることを要しないというべきである(最高裁判所昭和40年(オ)第821号、同42年7月25日第3小法廷判決・民集21巻6号1669頁)。
これを本件についてみると、本件6号議案の原案の採決の際、これに賛成した株主の議決権数は、前記1(2)認定のとおり、欠席株主が事前に提出した議決権行使書記載の賛成分と、当日の開会前に提出された議決権行使書記載の賛成分を合計すると5万3242個であり、本件総会で行使される議決権数6万3598個の過半数に達したことは明白となったものであり、これにより賛成多数で本件決議が成立した事実が認められる。
イ また、原告は、本件決議は、本件総会において、議長が、「議長の権限によりまして、原案から最初に採決をしたいが、いかがか」と出席株主に問いかけ、出席株主において、採決の順序について賛否を表明するのか、本件6号議案の原案について賛否を表明するのか判断がつかない状態に陥らせ、株主にこのような誤認をさせたまま採決したものであり、上記議長の議事進行は違法又は著しく不公正なものであると主張する。
しかし、本件総会に出席した株主らにおいて、上記の議長の問いかけは、本件6号議案原案に対する賛否を問うものであることを認識していた状況で本件決議が成立したと認められることは、前記(1)(2)から(4)までのとおりであるから被告の主張は採用できない。
(3) 特別利害関係人の議決権行使による著しく不当な決議について
本件6号議案について、退職慰労金支給の対象となるE前社長は特別利害関係人に当たるが、会社法831条1項3号は、「特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされた」場合に、取消事由があるとしているところ、前記1(2)及び(3)認定のとおり、本件総会で行使された議決権数は6万3598個で、本件6号議案の原案に賛成した議決権数は5万3242個であるが、この賛成議決権数からE前社長が行使した議決権数3789個を減じても、なお賛成議決権数は4万9453個であり、行使議決権数の過半数を超えている。
したがって、本件決議は、E前社長が議決権を行使したことにより成立したものではなく、特別利害関係人が議決権を行使したことにより決議がされた場合には当たらないから、会社法831条1項3号に該当するとは認められない(なお、原告は、議決権数7100個を有するEテクノ・エンタープライズ有限会社も特別利害関係人に当たると主張するが、同社はE前社長とは別人格であり、本件6号議案について同社が特別利害関係人に該当すると認めるに足りる証拠はない。)。
第5 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
裁判官 矢尾和子
松村総合法務事務所
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